2011.07.11 (Mon)

世界最初のブローアップ・ドール(ダッチワイフ)は、ヒトラーが命じて作らせた?―英紙

110711a.jpgThe SunMail Onlineborghild.de
世界最初のブローアップ・ドール(ダッチワイフ)は、ヒトラーが命じて作らせた、とサン紙とデイリーメール紙が報じています。

開戦し、パリに侵攻したドイツ国防軍は、ストリートにたむろする売春婦に悩まされていました。
当時、野戦衛生プロジェクトを推し進めていた親衛隊全国指導者(Reichsführer-SS)ハインリッヒ・ヒムラーは、1940年11月20日の書簡でこう記しています。
「パリにおける最大の脅威は、広く野放しになった売春婦の存在だ。バーやダンスホールなどそこいらじゅうにいて声をかけられるのを待っている。ちょっとした気まぐれから兵士たちが健康を損なうことを防ぐのは我々の義務である」

「ボルグヒルド・プロジェクト」と名付けられたドールの開発計画は、トップシークレットのなかでも更にシークレットとされました。
開発に携わったのは、1930年代、初めて透明プラスティックを用いて人体模型を作り、有名になったフランツ・チャーキアウツが監修するドレスデンのドイツ国立衛生博物館のクラフトマン(職人)たちでした。

ロシアへの侵攻が始まるころ、ヒムラーに配された親衛隊所属の医師、ヨアヒム・ムロゴフスキーに替わって計画に参加した医師、オーレン・ハヌッセンは野心的に開発を進めます。
命題は3つ。「肉体の質感は本物と同じように感じられるもの」であり、「軽く、可動域」をもち、「性器部分は極限的なリアルさを追求した」ものとされ、41年には高い抗張力と弾性をもつ化合物が開発されたこともあり、計画は次にドールの造形といった部分に入りました。

そしてここでも試行錯誤は続きます。
ボルグヒルドはゲルマン民族の美を具現したものでなければならず、茶色の髪は却下。顔立ちは白い肌に金髪碧眼といった北欧系にするよう親衛隊の衛生学会から注文がつきました。

110711b.jpg型どりは有名アスリートがスタジオに呼ばれましたが、ハヌッセンはその筋肉質な体からすぐに間違いに気づきます。また顔立ちはちょっぴりやんちゃで小生意気な表情というのが全員の一致。女優のケーテ・フォン・ナジー(右画像)が呼ばれましたが、彼女はモデルとして使われるのを礼儀正しく固辞しました。

ハヌッセンは日誌にこう記しています。
ドールの使用目的はひとつで、決して尊敬すべき故郷の母の代役を担わせてはならない。兵士がボルグヒルドと行為を行うとき、それは愛とは無関係でなければならない。したがってその顔はワイニンガーの言う、ワントンズフェイス、どこにでもある淫らな表情でなければならない。

こうして、新古典主義を標榜するヒトラーお気に入りの彫刻家、アルノ・ブリカーの門下生、アーサー・リンクが造形を担当。再び試行錯誤は続いたものの、身長168センチのタイプA、176センチのタイプB、182センチのタイプCがプロトタイプとして作られ、最終的にタイプBが量産されることとなりました。
また、胸については、衛生学会とハヌッセンが対立。衛生学会がフルサイズの半球型を主張したのに対し、ハヌッセンはグリップのしやすさから、やや尖ったローズヒップ様に造形し、最終的にはこれが採用されました。

ベルリンにおけるボルグヒルドのプレゼンテーションは大成功の裡に終わりました。ヒムラーは50体を即座にオーダーしたといわれています。しかし、プロジェクトは大量生産に移される前に頓挫しました。理由はモスクワ攻略に向けて既に甚大な被害を受けていたドイツに予算を捻出する余裕がなかったこと、またサン紙によれば「国防軍の兵士が英軍に捕虜にされたとき、バックパックに忍ばせたボルグヒルドが見つかることを怖れた」ことによるそうです。

42年にプロジェクトは正式に中止と決まりました。また、45年には国立衛生博物館が空爆に遭い、型もろともすべて失われたということです。
サン紙では、バービー人形の歴史を調べていたグレイム・ドナルドが、文献をあさっている最中に、これまで秘されていた「ボルグヒルド・プロジェクト」のことを知ったと記しています。




と、いう記事なのですが、これは現在では都市伝説のひとつとされています。
1945年に国立衛生博物館が空爆に遭ったというのは事実ですが、40年から41年の間に「高い抗張力と弾性をもつ化合物(原文ではポリマー)が開発されたという記述に問題があるようです。後は、ボルグヒルド関連の記事はすべて「borghild.de」に依存し、モックアップどころか写真の1枚もないことが信憑性の低いものだとされる一因となっています。

Weird News | (16) comment  EDIT

Comment

オリエント工業に問い合わせすれば正しい歴史がわかるかもね。
吊るりん | 113694 | 2011年07月11日 20:16 | URL 【編集する】

裸族のひと | 113695 | 2011年07月11日 20:18 | URL 【編集する】

ヒトラーもここまでネタにされて、ちょっとかわいそう。
*** | 113696 | 2011年07月11日 20:24 | URL 【編集する】

なにかコメント書けば? 薄っぺらい人間になっちゃうぞ!
俺のようになってくれるな。 悲しいことだぞ。
な~んてね
吊るりん | 113697 | 2011年07月11日 20:25 | URL 【編集する】

176cmかぁ。

いくら同盟国とは言え、日本人にゃあ、チとデカいな。
(逆に“挿れながら乳吸いやすい”というメリットもあるけど)
に | 113699 | 2011年07月11日 20:35 | URL 【編集する】

いくらドールがあったとしても、本物にはかなわない
売春婦さん達の勝ち
jyo-ken | 113706 | 2011年07月11日 21:11 | URL 【編集する】

"また、胸については、衛生学会とハヌッセンが対立。"

対立するよね、胸の形。 とっても重要だもんね。 (笑)
ハヌッセンは、きっと熱く語ったんだろうね。

ローズヒップじゃなきゃダメ! ちょっととがって無いとダメ!!
グリップ、重要!! そんなに丸くしちゃダメ! 握りしめられないよ!!

想像してたら、つぼにはまってしまいました。 (笑)
Rust | 113720 | 2011年07月11日 22:39 | URL 【編集する】

片手で操作できるTENGAに勝るもの無し。
歓喜天 | 113721 | 2011年07月11日 23:04 | URL 【編集する】

本当にあったことと仮定して捉まえるなら…

衛生学会の学者たちや軍人たちがプロトタイプ相手にまじめにお励みになったってことだよねi-179
オープンスペース | 113745 | 2011年07月12日 01:39 | URL 【編集する】

ドイツがオレたちと同盟組んだいまさら理由がわかったぜ・・・
こいつらドイツ人の悩みなんざ、今の日本なら3分で解決するレベルだもんな
yちんこ | 113748 | 2011年07月12日 02:11 | URL 【編集する】

甘いわねぇ・・・

身長152cm。B70 W54 H68。
これくらいのほうが需要あるのに・・・
タナトス | 113750 | 2011年07月12日 04:21 | URL 【編集する】

ふ~ん、108式ね~・・・  知らん。
実験人形ダミー・オスカー世代で悪かったね。
ダッ吊ワイフだっ吊ーのっ! | 113752 | 2011年07月12日 07:14 | URL 【編集する】

>どこにでもある淫らな表情でなければならない。

こ、ここには無いです・・・。
疲れた | 113809 | 2011年07月12日 23:17 | URL 【編集する】

胸の形で議論するのを想像したらちょっと笑えた。
いろいろ作ればよかったのに。制作のラインの関係で無理だったのかな。
373 | 113848 | 2011年07月13日 02:49 | URL 【編集する】

あのなぁ....真面目に公衆セックスの事考えたのは歴史的に戦前日本の慰安婦と戦後西ドイツの公娼制度だけだ。お前らもっと胸張っていいんだぞ!
慰安婦制度は占領地域で原住民の婦女子に兵隊が悪さしない様に、また性病予防を管理できる様に自国からその道のプロの女性に来ていただいた20世紀の奇跡とも言える事業。アメリカなんか物量は豊富だったが兵隊の性欲処理の為に女は連れてこれず、海兵隊なんか『コンドーム付けて現地の女をレイプ』する事を奨励してたくらいだ。尚、朝鮮ヒトモドキのメスは全て親に売られたもの。

戦後の西ドイツの公娼制度も凄い。若い男ばっかり六百万人も戦死したんで国が傾き、灰塵に帰した祖国再建を外国人労働者に頼ったけど性犯罪が横行(主にイタ公)したから街に立ってた街娼を設備とルールと衛生管理と福利厚生が整った設備を作ってそこに入ってもらい商売を続けてもらった。しかもこれを管理してたのはお役所だぞ。
裸族のひと | 113850 | 2011年07月13日 03:24 | URL 【編集する】

↑ここで歴史修正議論すな。おまえら長いコピペ貼るしシリアス押しつけるし。
裸族のひと | 113868 | 2011年07月13日 10:58 | URL 【編集する】

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