2011.09.13 (Tue)

ガンパティ祭(象頭神祭) 4p

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国際在線
毎年雨季の終わるごろ行われ、満月の前日まで十数日間にわたって繰り広げられるインドのガンパティ祭(象頭神祭)。ムンバイのあるマハラシュトラ州を中心におこなわれる祭の最終日には、湖に数多くのガネーシャ像が沈められるそうです。

今年は残念ながらパレードのおこなわれている沿道のバルコニーが崩れて1人が死亡するという事故が起きています。

じつはこのガンパティ祭やガネーシャ像、またガネーシャ像を沈める由来が、検索してみてもいまひとつわかないところがあります。ご存じの方がいらっしゃいましたら教えてくださいね。

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Weird News | (33) comment  EDIT

Comment

印度的股間万歳荷駄
裸族のひと | 119906 | 2011年09月13日 15:15 | URL 【編集する】

2!
T | 119910 | 2011年09月13日 15:33 | URL 【編集する】

>ガネーシャ像を沈める由来・・・

あまり調べてはいないので想像なのですが、もともとのインドの神話の世界では魔物。
その後仏教に取り入れられたものですので、その魔物としての処置なのではないでしょうか?

詳しくは歓喜天さんが・・・。
吊っ! | 119917 | 2011年09月13日 15:45 | URL 【編集する】

精霊流しみたいなもので、彼岸へ神様を送り返す意味合いがあります。
ヒンドゥー教では河川崇拝が顕著であり、水を使った沐浴の儀式が重要視されています、ホーリー祭では芸術と学問の女神サラスヴァティーの像がガンジス河に流されますし、その他のお祭りでも祭りの神像を川や海に流します。神像は泥に彩色されたものなので環境に大きくダメージを与えるものでもない様です。
精霊流しと書きましたが日本の精霊流しや雛祭り(流し雛)もインドから伝わった習慣と考えるのが自然だと思います。
歓喜天 | 119920 | 2011年09月13日 16:21 | URL 【編集する】

さすが。
しかし、向こうからやってきたわけではない、自分等で作っておいて終わったら流すのもどうかと。
勝手に決まり事を作り、自分等のタイミングで自分等に都合よく・・・宗教なんて人の心の弱みにつけこみ、信心を煽って口だけで金が入る仕組みにした商売に過ぎない。
ガネーシャもサンタも神話。人が創作したもの。
暇な夢見る人間による創作。
吊っ! | 119924 | 2011年09月13日 17:11 | URL 【編集する】

パンティだと思って嬉々としてページを開いたらこれだよ
裸族のひと | 119927 | 2011年09月13日 17:50 | URL 【編集する】

懐かしい

3×3 EYES …また読みたくなった。

間違ってたらすみません。
以下お祭りの詳細
ガネーシャはヴェーダ暦のバドラパーダ月の4日(新月から4日目)に生誕したとされるので、これに合わせて生誕祭であるガネーシャ・チャトゥルティ/ヴィナーヤカ・チャトゥルティ(Ganesh Chaturthi/Vinayaka Chaturthi)が祝われる。10日間の祭りの間に障碍除去を祈念してガネーシャの像を祀り、最後にガネーシャの像を川や海に流すことで厄除を祈願する。

これはビサルジャンとよばれ、ガネーシャが信者の現世での苦難を取り除いたあと然るべき場所へ帰っていくことを象徴するもの。

形あるもの永遠ではない、という法則を体現するものでもあり、ガネーシャを水に沈め溶かすことで、形がかわってもそこに宿る真理は変わらない、ということを意味している。さらにビサルジャンは「ものに執着しない」という教えも暗に含んでいる。
らしいです。。。
たくさんのガネーシャ像が沈められて環境問題にもなってるみたいですね。
シュシポス | 119930 | 2011年09月13日 18:11 | URL 【編集する】

最後まで亀頭祭りと読んでいたわ。パオーン。
裸族のひと | 119932 | 2011年09月13日 18:22 | URL 【編集する】

>ガネーシャが信者の現世での苦難を取り除いたあと然るべき場所へ帰っていくこと
>形がかわってもそこに宿る真理は変わらない、ということ

祭参加者のどれだけの人がそれを意識し理解しているのだろうか。
吊っ・・・ | 119935 | 2011年09月13日 18:50 | URL 【編集する】

なるほど。吊っ!さん、歓喜天さん、シュシポスさん、ご回答ありがとうございました。

じつを申しますと、象頭神ガネーシャ(Ganesh)の由来にも諸説あるようで、あらためて日本版ウィキペディア
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AC%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3
と英語版Wikipedia
http://en.wikipedia.org/wiki/Ganesha
との情報量の差に愕然としながらも、自分なりにもう少し深めてみようといくつかのサイトをあたっていたところです。

15,000体といった途方もない数のガネーシャ像が沈められるのは、ハイデラバードのフセインサガールの湖(人工湖)が多いらしく、湖岸には20数基の大型クレーンが設置されているほか、水難事故を防ぐためかなりの数の監視員が祭の最終日には湖に派遣されていることも知りました。
また、湖では飲料水も取水しているそうなのでさすがに祭の翌日は、浄水場のフィルターに花などが大量に引っかかって仕事にならないそうです。

歓喜天さんおっしゃる「彼岸へ神様を送り返す意味合い」シュシポスさんおっしゃる「形あるもの永遠ではない、という法則を体現」、じつに興味深いです。でもここから先はたぶん、きちんとインドの神様を把握し、目の前で実際に祭を見たうえでの空気感といったものをまず感じてみなければいけないのかもしれませんね。

ありがとうございました。来年にもう少し突っ込んだ記事を載せられればと思います。
それとどなたかガネーシャの日本版ウィキペディアをもう少し詳しく編集していただける方がいらっしゃればうれしいのですけれど。
チキータ | 119973 | 2011年09月13日 22:42 | URL 【編集する】

つるりん

>もともとのインドの神話の世界では魔物。
>その後仏教に取り入れられたものですので、その魔物としての処置なのではないでしょうか?

いやいや・・・
確かに善神ではなく悪神で生まれていますが、
ヒンドゥー教がまとまるにつれて、ちゃんとシヴァの子として扱われています。
除災厄除・財運向上・勉学向上・商売繁盛と複数の御利益を持つ神として
ヒンドゥー教の信仰対象になっています。
仏教にとりいれられたのはそのあとだったと記憶しています。





タナトス | 119974 | 2011年09月13日 22:48 | URL 【編集する】

wikiを調べましたところ、いろいろな説はあるにせよ、
別に魔物ではなさそうですよ、ヒンドゥー教では。

まぁ、でもお祭りですからね。
素直に楽しめれば良いんじゃないでしょうか。^^

十数日間にわたって行われ、たくさんの人出があって
最後には、海に流してしまって、少しセンチメンタル…

インドには行ったことが無いので、彼の国の人達が
どの様な雰囲気を持っているか分からないのですが、
こうしたお祭り(フェスティバル)を楽しむ風情は
万国共通なのではないでしょうか。^^
Rust | 119975 | 2011年09月13日 22:59 | URL 【編集する】

>別に魔物ではなさそうですよ、ヒンドゥー教では。

もともとインドの神話ではと申しました。
魔物集団の王となっていますよ。ブリタニカ国際大百科事典では。
吊っ! | 119982 | 2011年09月13日 23:17 | URL 【編集する】

さすがは歓喜天さんv-63
毎年沈められてるだけあってお詳しいですだな
ナンツテv-8

るー | 119991 | 2011年09月13日 23:44 | URL 【編集する】

歓喜天さん最近イベントにひっぱりだこで忙しいですね^^
jyo-ken | 120000 | 2011年09月14日 00:36 | URL 【編集する】

吊っ! | 119982 | さん

インドの神話とは、主にバラモン教とヒンドゥー教に伝わる神話を指しますので、
私のコメントもあながち間違いではないと思いますよ。
もっともその正確さにおいては、ブリタニカ国際大百科事典にはおよびもしませんが…。

魔物集団の王となっているのは、仏教系の経典(密教など)の中の様です。
その後、簡単に言うと観音様と交わり、歓喜のあまり仏教に帰依したことから
歓喜天という説もあるようです。

私自身、仏教的であれ、ヒンドゥー教的であれ、宗教的な興味があまり無いので
宗教の説話として説明することは苦手なのですが、東洋哲学の単位を取ったり
したので(専攻はしていませんが)、結構好きなジャンルなのです。^^

とは言え、ラーマーヤナも読んだことが無いので偉そうなことは言えないのですが、
ラーマーヤナには、ガネーシャは出てこなかった様な気が…。
そうなるとやはり出典はやはりヴェーダですね。 
ヴェーダの中では、ガネーシャはシヴァとパールヴァティーの子供です。
このあたりも、本気で読んだら面白そうですよね。

Rust | 120003 | 2011年09月14日 00:45 | URL 【編集する】

Rustさん
興味深い内容をありがとう。
私は不信心ながら、宗教には興味があるのです。
それは、とても動機が不純なのですが、宗教批判のために理解したいと考えているのです。
キリスト教信者以外は死後地獄に落ちるだとか、拝金主義の日本の仏教。理解に苦しむイスラム教。
その他諸々。
これからの人生の20%くらいを、宗教を理解するための時間に費やそうかとも考えています。
過日、墓を建て、永代供養料も納め、施餓鬼もやっておりますが、自分が死んだら散骨を望んでいます。
葬儀なんかまっぴら御免。(今の日本での一般的な形式の葬儀を指す。)

そんな、人と宗教を考えていく中で、遺伝子との関連も考えている訳です。
これは機会があればお話しするかもしれません。
今日はここまでに致します。
落ちます。
ど吊っ! | 120007 | 2011年09月14日 01:12 | URL 【編集する】

宗教批判の為に宗教勉強するってのは面白いですね
オレも趣味で宗教でもやってみようかなって思ったことがあったよ
5年スパンぐらいで仏教、キリスト教、イスラム、その他メジャーなの渡り歩いてどれが一番最強か探そうかなって
でも結局全ては現象なんだなって事で解決してしまった
そう、いわゆる世の中の森羅万象全ての事柄は只の現象に過ぎないのです
童貞〜MemoryOfLastSummer〜 | 120008 | 2011年09月14日 01:51 | URL 【編集する】

しまった。出遅れました。牛です。
インドに住んでますと、なにやらこういった宗教関連の祭りが多く、取引先とアポが取れないとかが多発し、しかもその休みが地区ごと、宗教ごと違いまして、私はついていけないのが正直なところです。
このお祭りも断られた理由の祭りでした。なにやら朝から「ファースト」と呼ばれる1日断食をするそうです。でもムスリムとは違い、水は飲んでOKと言ってました。たしかにここでは水飲まないと死んじゃいますもんね。

しかし、皆さん詳しく知ってますね。感心しました~~。もっと勉強せねば。
牛ちゃん | 120011 | 2011年09月14日 03:06 | URL 【編集する】

皆さん博識なのだなぁーというのが素直な感想です。
京極氏の小説で仏教とは、とか頓悟するとか、密教とは、とか目にしたぐらいなもんで、ほわぁぁ~・・・と感心のため息をつくばかりです。
宗教用語って響きが綺麗だし、知れば知るほど面白くなってくるいい分野だとは思います。
373 | 120012 | 2011年09月14日 03:09 | URL 【編集する】

>世の中の森羅万象全ての事柄は只の現象に過ぎないのです

その見方も一つの収束したものでしょうね。
一方で、現象は全て人の識によるものであり、識以外に実在するものはないという
唯識論(ゆいしきろん)もあります。

私は、只の現象と片付けるのではなく、現象にも自然現象もあれば人による作為的現象もあります。
その作為的現象は人の意思や間違いなどから始まります。
「只の現象」ではなく、そこに働いた、人の意思や間違いに目を向けています。
だから思考と悩みは尽きることがないのです。
おはよっ吊! | 120016 | 2011年09月14日 08:33 | URL 【編集する】

>吊りさん
そうか、確かに全てを現象でとらえようとすると人間の生きてる理由、目的ってのは「快楽の追求」って事になってしまうと思うんですが、人間には「理想の実現」っていう尊い生き方もある訳で、それを助けるのが宗教の役割なのかななんて思いました。


>373さん
宗教用語って響きが綺麗だし・・・

確かに宗教がらみの芸術は文章にしても絵画、建築その他、驚くほどレベルが高かったりしますね
エンターテイメントとして宗教をやるのも新しいかも

ドラマにしても映画、音楽、好きな芸能人とかいわゆる何かにハマっている時って私生活もなんか楽しく感じたりしますもんね
宗教やってそんな感覚になれるなら信じるだけの価値はあるかも
童貞〜MemoryOfLastSummer〜 | 120044 | 2011年09月14日 17:40 | URL 【編集する】

皆さんの様に詳しい宗教的知識がないのでコメントできないけど。
牛ちゃんみたいに仕事で在住されてる方はモロに影響受けるから大変だろうけど、こう云った宗教的なお祭りや民族的な行事は、大切な文化だから大切に受継がれるべきだね。
浪漫に満ちていて素敵だなぁ~って思う。(イスラム教は論外)

>湖に数多くのガネーシャ像が沈められるそうです。

湖底が埋めつくされて、将来湖にガネーシャ像の山が現れるってことはないの?
何かそんな心配をしていた。
疲れた | 120050 | 2011年09月14日 18:44 | URL 【編集する】

宗教を理解しようとすれば、その道はへ哲学と続き
哲学を理解しようとすれば、その道は宗教へと連なるような気がします。

世界は唯物であるのか、それとも唯識であるのか?
現実存在であるのか、本質存在であるのか?
これらは、ともに哲学的命題ではありますが、同時に、輪廻転生や解脱
他力本願といった、神仏と生命の距離感を表す宗教的思想とも対をなします。

神仏との距離を縮めたい人々にとって、神仏そのものに対する理解は重要ではありません。
心より信ずることが出来、神仏の息吹を感じられることが重要なのです。

しかも哲学でさえ、ある一つの解答を信じ、それに拘泥してしまった時から、
宗教化してしまうように感じます。
唯物を説き、虚無を信じ、神は死んだと断じたその瞬間、哲学は宗教化してしまいます。
特に中世西洋哲学はその兆候が顕著であると思います。
そんな訳で、西洋哲学はあまり興味がわかなかったのですけどね。^^

話し戻してガンパティ祭、このお祭りの意義を宗教的或いは哲学的見地から考えたら、
多くの人々が集まるにも関わらず、それほど意義の高いものではないかも知れません。
けれども、彼らにとって、ガネーシャという象頭神をトーテムとし、ひと時の喧騒の中で
日常を忘れ、お祭りの終焉とともに日常に戻る、その一つのサイクルを大勢の人たちと
共感しあえるということは、宗教的意義以上に楽しく、且つ重要なのかも知れませんよ。

もっとも国民性は日本人とは違うでしょうから、我々の感覚と全く同じではないでしょう。
実際にお祭を見て、空気を肌で感じると、また違った感覚なんでしょうね。 ^^
Rust | 120071 | 2011年09月14日 20:46 | URL 【編集する】

AKBのライブ会場と何か違うん?
集まる気持ちと高揚感、一体感などは同じだろね。
吊るっと考えれば | 120076 | 2011年09月14日 21:36 | URL 【編集する】

ただ単に、処分の仕方をイベントにしただけのような気がします。
どうせ捨てるなら、それにコンセプトつけて思想を混ぜ込んで。

お盆のナスや馬の動物も家で捨てれば本当はただの生ゴミ。
裸族のひと | 120077 | 2011年09月14日 21:38 | URL 【編集する】

>お盆のナスや馬の動物も家で捨てれば本当はただの生ゴミ。
それを集めて漬け物にしたのが「福神漬け」のはじまりなのです。
歓喜天 | 120083 | 2011年09月14日 21:59 | URL 【編集する】

ガネーシャさんは良い神様ですぞ
シヴァ神の息子さんで、
入浴中のお母さんに頼まれて門番してたら
父(シヴァ神)帰宅。入浴を覗こうとしたのを
ガネーシャが阻止「お父さんヤメテ!」
ムカついて首を切る。母(パールヴァティー)激怒
「いいかげんにしなさい!」
シヴァ神は代わりに象の顔を付けて直しました。


ちなみに乗り物はネズミだよ!シュールだね。

るる | 120139 | 2011年09月15日 15:56 | URL 【編集する】

所詮、作り話。
夢見る少女じゃいられないっ吊の | 120161 | 2011年09月15日 19:44 | URL 【編集する】

寓話を寓話と理解出来ぬとは…。
憐れ。
Rust | 120166 | 2011年09月15日 20:08 | URL 【編集する】

おお、ガネーシャさんがたくさん。
昔は泥で作った人形だったのかもしれないけれど、画像を見る限り、今はプラスチックや塩ビが使われていそうで環境に悪そう。

でも、いいじゃありませんか、こういうお祭り。
宗教がなければお祭りもない。
お祭りがない生活なんてつまらないもの。

>吊りさん(もう読まないかもしれないけれど、とりあえず)
宗教批判も結構ですが、くれぐれも机上の空論になりませんように。
経済的・政治的利用や組織の腐敗などを批判するならば、ネットや本で集めた情報でもそこそこ理屈は来上がるでしょうが、信仰心自体をちゃかすつもりならば、一度、宗教を信仰する土地を訪れて、信者の心に触れてからにした方がいいです。

私も宗教に非常に興味を持っていて、有名どころの宗教はちょっぴり勉強しましたが、そのきっかけは、旅先で出会う人たちの、とても純粋で真摯で穏やかな信仰心に触れたことでした。
また、土地の文化や慣習、人々の考え方と深く結びついていて、彼らを理解したいと思ったら宗教を学ぶのが最も近道だ、と思ったからです。

そしてアフリカを旅したとき、国内線で右隣にムスリムの青年、左隣にカトリック信者のおばさんに挟まれた時のこと。
初め、ムスリム青年が聞きもしないのに「僕はムスリムだから、機内でもコーラは飲まないんだ」と話しかけてきて、二人でイスラム教の話をしていたら、左隣のおばさんが、私を通り越してムスリム青年に「あなた、ムスリムなの?私、カトリックなのよ。ねぇ、イスラム教って…」と話しかけ、その後は私は無視で、二人で宗教話で盛り上がっていました。
で、突如私に向かって「日本では、どんな宗教を信仰しているの?」と振ってきたのです。
その時は突然だったし、英語も不得手で、しどろもどろで仏教と神道のことを上っ面だけしか伝えられませんでした。
それでも、日本古来の八百万の神の信仰を、「素敵な考えね」とおばさん。頷く青年。

私の目の前で、カトリックとイスラムがお互いの宗教の優れた点を認め合い、尊重し合い、理解しようとしている。
しかも、その間で縮こまっている、仏教や日本神道まで理解しようとしている。
そのときに思いました。
宗教をもっと知りたいと。(英語をもっと勉強しようと)

日本でだって、お盆に父の田舎に行くと、祖父が庭の竹を切ってきて仏壇の横に立て、道端に生える「ミチシバ」という雑草で縄をない、畑で採れた食物を備えてご先祖をお迎えする支度を淡々としていました。
その一部始終を見ながら、生活の中で一切お金をかけずに真心を込めてご先祖をお迎えするとは、なんて神聖で尊い行為だろうと感動したものです。

お祭りはそうした日々のささやかな信仰心の延長上にあるのだし、人々の想像力が神々を経典から飛び出させ、様々な物語を産むのです。
書物は、思索の助けにはなりますが、所詮他人の知識と主観を通して外観をなぞることだけしかできません。
ご自分の体で、五感でじかに信仰というものに触れるとよいと思います。

「ボンベイ」というインド映画も、イスラムとヒンドゥーの共存について考えさせられました。
長い娯楽インド映画だけれど、宗教理解の一端として軽い気持ちで見ることをお勧めします。
ヒロインはものすげえ美人です。主人公は髭面メタボ親父ですが、最後にはかっこよく見えてきます。
腹白パンダ | 120292 | 2011年09月16日 16:54 | URL 【編集する】

はらじゅろピャンダさん

宗教に興味を持つことはいいと思いますが
信仰すべきではないと思います


無神教が一番です
ベージェン | 120418 | 2011年09月17日 18:58 | URL 【編集する】

べーじぇんしゃんにレシュもらえるなんて嬉しゅいいです。

私自身は信仰の必要性を感じないし、信仰したくなるほど素晴らしいと思える教義にも巡り会えないのですが、とても辛い境遇を抱え、信仰のお蔭で救われたんだろうなと思う知り合いは何人かいます。

私は煙草を吸わないし必要もないけれど、この人には必要なんだろうなと思う人もいるし。
なんて、煙草と宗教を一緒にしちゃいかんか。

信仰を持つのは悪いことと思いませんが、信仰を他人に押し付けようとするのはよくないと思います。

人間の長い歴史の中で、古今東西信仰を持たずに繁栄してきた種族っているのでしょうか。

私には信仰心はありませんが、信仰心を持つ人々を羨ましく思うこともあります。
(もちろんドグマ的な連中は論外ですよ)

はらじゅろピャンダ | 120453 | 2011年09月18日 02:41 | URL 【編集する】

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