2011.07.15 (Fri)
生きたネズミの頭をステーキナイフで切断する動画を貼った女に保護監察処分―豪

ネズミの頭を切断する動画をFacebookに貼っていた23歳の女が、実刑を逃れ、18カ月の保護観察と180時間の地域奉仕活動、および2年間の動物飼育の禁止を命じられました。
この女は、豪クイーンズランド、カブールチュアに住むナオミ・アンダーソンで、昨年の7月3日から4日にかけて、購入したネズミの頭をステーキナイフを使って切断。
ネズミが息を引き取るまでの40秒間を撮影した動画を「Shabella King」という名で開いたFacebookのページに貼っていました。
「kill 002」と題がついたこの動画を見たネットユーザからオーストラリアのRSPCA(動物虐待協会)に通報があり、事件が発覚。翌月12日に捜索が入り、アンダーソンはラップトップなど証拠物件を押収されていました。
裁判では、RSPCAの検査官にアンダーソンが多重人格障害を患っていて『もう1人の自分がやった』と訴えたことなどがあきらかにされ、最高で2年の懲役を宣告される可能性もありましたが、カブールチュア治安判事裁判所(軽微な刑事あるいは民事を扱う法廷)の裁判官は、18カ月の保護観察と180時間の地域への奉仕活動を命じました。
これに対してRSPCAのトレイシー・ジャクソンは「判決に満足している」と述べています。
それにしても可哀相なネズミ君。
殺してしまったのなら、食べてあげろよ。 それが動物に対する礼儀だろ?
おまえさ、シャンプーとか使ってるだろ
間接的にもねずみちゃん殺してることになるんだけど
主食はねずみなのか?
食べる目的以外にも
動物実験の名目でたくさん殺されてるんだよ
喰うのが礼儀って何か変じゃね?
サイコパスが殺人して食うのはOKと言ってるよーなもんだ
おまえさ、必死にマジレスしなくていいよw
鵜呑みにすんなよ
オーストラリア人でした。
まぁ、どこの国にも気違いはいるね。
「疲れた | 114208」は、あなたの他人に対する表現を借りてレスしました。
不本意ながら、ごめんなさいね。
しかし、名無しさんの他の書き込みで、共感する物も在ったので多分ちゃんと話せば分かる人だと思い、お返事させて頂きます。
少しでも理解してもらえれば、嬉しく思います。 長いけど・・・。
先ず、見ず知らずの人間に「おまえ」と言える時点で、良識を疑うし真面目にレスする気も失せてしまうので、改めてみては如何でしょう。
シャンプーだとか石鹸だとか、私は全世界の全ての商品の成分を把握していません。 私には多過ぎて内容を知るのは無理。不可抗力です。
だからと言って「生命の尊さを語るには、あんた矛盾している」と言われるのは遺憾です。
そうなれば皆同様だし、あなたを含め誰もコメントできなくなります。
ネズミを主食にしてる民族を知らないし私も月に何回かしか米ネズミを食べません。
でも動物を無駄に殺したことはないし、殺戮を楽しむ悪趣味もないです。
(ただし、殺さなければいけない理由があるから害虫は別)
言葉の通り解釈するのではなく、その発言意図を理解して欲しい。
殺される立場の生き物は、理由に関係なく殺されるのはそりゃー嫌でしょう。
当たり前のことです。
ただ殺さなければいけない、加害者の方には責任を持つべきだと言っている。
従って、単純に娯楽的殺戮は目的や意味に値しないと思っています。
せめてその失われる命が他の生き物に貴重な財産として使われる方が望ましいと思っています。 それは志と信念の問題だから、他人に変えられる事ではないですが。
実験動物の尊い命も、我々を救ってくれているから、少し抵抗はあるものの受け入れなければならないだろと、無理やりは納得しています。
因みに、私は多重人格じゃないよw
以上、長文失礼します。
ごめんなさい。 誤解はされたくないので。
出来れば死刑囚による人体実験もな
無駄な殺生は避けるべきともおもう
線引きが難しい問題だ
許せん。
まだ、餓鬼ばっかやね
チキタさんおつとか云いながら全然駄目ジャン
思う暇がないのは、脳を一瞬で潰される場合。
一瞬で首を切られたとしても、血流が止まると同時に脳の機能停止ではないので、そこから
ある程度は生きている状態と考えられるでしょう。その間、苦しみや傷みは計り知ることは
できない。仮にそれが1分だとしたならば、40秒掛けて脳の機能停止に至るのとでは、
どちらが苦痛なのだろう・・・。
そうですね。
問題視は誰にでもできるけど、矛盾を生まない解決方法を見出す事は非常に難しい。
人間の歴史は矛盾で成り立っている様な気がします。
人間は知らない所で罪を犯してるものかもしれない
おいらも外を歩けばアリさん一匹踏んでないとも言い切れないし
でも玩んじゃいかんだろうねぇ、やっぱり
いいこと言うね。誰だい? あ、疲れたさんじゃないですか!おひさ~ 元気でしたかー?
さわでぃかー
人の歴史は悩みの歴史 ってね。
この間テレビで矛盾(ほこたて)対決やっていましてね。どんな金属でも穴をあけられるドリルと
どんなドリルでも穴はあけられない金属。とても興味深い対決でした。結果、ドリルの負け。
「楽しいからいいじゃん」「気持ちいいから無駄じゃない」というのは論外ね。
一般人は意味のある動物実験できないんだから、殺したら食う。
注文したら残さず食う。
これは基本だと思うわよ。
他の動物を虐待したり、殺戮する話多い気がする
だから恐ろしく精神的に病んでるか未成熟な訳であって刑務所に入れるよりは保護観察なんだろうな。
人の社会システム(法律)からすれば、こんな行為をネットで公開するようなやつはいづれ重大な事件を起こすから予防保全的に観察処分にすることは意味の有ることだと思う。
しかし動物愛護ってのはどうなのか。感情的には理解出来ないこともないが、本質的に傲慢な精神で、可愛い動物はいじめてはいけないという考え方に基づいている。
馬鹿な話だ。ねずみが可哀想というなら都会のドブネズミはどうなのか?(猫のように大きい)
彼らも無垢な動物だが専門の駆除業者が大量に殺している。
いや異形のドブネズミでなくとも可愛いクマネズミだって駆除の対象だ。
ゴキブリは昆虫だが同じ生命体だ。けれども見つければスリッパ等の鈍器で撲殺するだろ?
あるいは毒ガス兵器で苦悶にのたうつ姿を楽しむかもしれない。
他人を傷つけてはいけません・・・これは社会システム維持に必要な最低限の基本法だと思う
それでは動物愛護は何の為のきまりなのか?
自然保護なら話はわかるのだけどね。あまりに勝手な白人思想。
結果、捕まってやがる
殺さないで、普通の動画撮れよ
ネズミからみたら、殺される事自体分からないんじゃないのかな?
だから動物実験って奴も許されているわけだし
マジレス御免
の
>こんな行為をネットで公開するようなやつはいづれ重大な事件を起こすから
に禿しく同意
こういうモラルと危機意識の欠如した輩はガッチリ管理しとかにゃ
それにしても既知外発見に役立ってるよなネットって。
ネズミの大群に殺されても文句言えないんだから
食う食わない関係なく弱い生き物なんだからどう殺そうが、どう晒そうが自由
逆に人間が人間より強い生き物に殺されてもそれはそれで当たり前のことだし
猫やチンパンジーも食うためじゃなくて遊びで弱小動物を甚振り殺すし
「こういう奴は絶対殺人犯す!プンスカプン!」ってキチいるけど
「殺人ゲームやってる奴は全員犯罪者予備軍!」ってキチと同類だな
とてもコメントは、し辛いのだけど...
単純に、映画「ウィラード」を、思い出してしまった。
「ベン」、分かる人には分かると思いますが(^^
麻酔かけた後,開腹してって・・・.
頭の解剖はしてもしなくても良いと言われ,
頭だけは姿形が綺麗なままにしてあげたいって人がほとんどでしたが,
自分は一つの生命の自由を奪ったので,全部解剖して知識にすることが,
解剖されたラットに対する感謝なのかなと思いやりました.
考え方次第ですよね.
大変すばらしい考え方だと思います。
せめてもの礼儀です。
必要だからこその殺生であり、殺めたのならば
学ぶ立場のものは、全身全霊をかけて、学び取らねばならない。
最終的には得た知識で、貢献して行くことで弔いとしていってほしいな。
まぁ、その解剖学で学んだことが生かせる立場になれるといいですね
あとコレは自由なんですが、献体についても、その立場にある人たちは
考えてほしいと思う今日この頃
えーっと。これは貴殿へのメッセージじゃなくて、映画やゲームが危険かどうかという考察というか意見なんですが。
映画やゲームはいいと思うんだ。妄想で遊んでることを認識してるうちは危険じゃないと思う。
しかし実際にナイフを手に自らの興味のためだけに生命を奪ったとき見えぬ一線を超えると思うんだ。
多くの人はこの時後悔し、不快に思い。「こっち側」に戻ってくる。
ある人は後悔し一生トラウマになるかもしれない。
多くの兵士が勝ち戦なのに精神に異常を来すのと一緒。
まあそうやって子供は精神を濁流に洗われつつ頑強な精神を育ててオトナになるのだが。
(最近の大人が暴力的な感情に逆らえずに支配されるのがこの濁流の洗礼を受けていないからかもしれない)
でもこっち側に戻ってこない奴がいる。その行為に喜びを感じる奴だ。動画を載せるというのはソレが「トロフィー」なのかもしれない。こういったケースは危険だと思う。次を求めるようになったら最悪だ。
屠殺場の業者や医師や軍人が殺傷に耐えられるのは、それが仕事で仕方なくやるから。
そしてその行為に慣れていくからだと思う。彼らは殺傷そのものが目的ではないから次の獲物に渇望しない。
しかし最近は幼い大人が増えたな。人類。
>それでは動物愛護は何の為のきまりなのか?
>自然保護なら話はわかるのだけどね。あまりに勝手な白人思想。
動物も自然の一部。
私はそう思います。
> | 114298さん
>別に自分で買ってきたネズミ殺すぐらいどうでもいいだろ
>ネズミの大群に殺されても文句言えないんだから
文句言うじゃないw
赤の他人がそんな目にあったら、「危険なネズミは殺せ!」なんてさ。
>食う食わない関係なく弱い生き物なんだからどう殺そうが、どう晒そうが自由
>逆に人間が人間より強い生き物に殺されてもそれはそれで当たり前のことだし
どこの世界のルールよ。
当たり前で納得できないから、対処する方法を考えて行動しているんじゃない。
>猫やチンパンジーも食うためじゃなくて遊びで弱小動物を甚振り殺すし
狩りをする本能がそれを呼ぶんでしょ。
理性で生きている人間と同じにするんじゃないの。
>「こういう奴は絶対殺人犯す!プンスカプン!」ってキチいるけど
>「殺人ゲームやってる奴は全員犯罪者予備軍!」ってキチと同類だな
なんでも混ぜちゃダメ。
との関連性を指摘する統計は多い。
◆児童虐待を受けた子供の中には自分の受けた虐待行為を動物に対して行う傾向が見られる。
◆未成年者、特に幼い児童の多くでは、故意にせよ偶発的なものにせよ、一定の動物虐待行為
(昆虫を含む)が見られるが、それらは年齢を上るにつれて終息する傾向が顕著である。
しかし一部には20代を過ぎても動物虐待傾向が終息しない・むしろ増大するケースもあり、
これらのケースでは動物虐待を行わない人に比べ、暴力事件で4倍、薬物乱用やその他の
反社会的行動で3倍もの虞犯性(犯罪を起こしやすい傾向)が見られるとされる。
◆動物虐待を愛好する向きには、規範意識や道徳性の欠如・被害者(動物にせよ、人にせよ)
への同情心(共感)が薄い傾向が見られる事もあり、歯止めとなりうる何等かの要素が
欠落した結果、動物虐待者と犯罪者との間に一定の関連・類似性が生まれると見られている。
また中には、傷付けられ苦しむ動物に性的興奮を覚えるという特殊な性癖があるという報告も
あり、こちらはより大きい性的興奮を求めて、快楽殺人者化する事が危惧されるなど、性格・
傾向面で問題性を指摘する向きもある。このため特に同種殺人の発生率が高く、またこれを
事前に抑止する事に熱心な米国では、特に動物虐待行為に関して、多大な罰則を設ける州も
存在している。
ここで議論しても平行線を辿ると思います。
>アセニトさん 114330
>自分は一つの生命の自由を奪ったので,全部解剖して知識にすることが,
解剖されたラットに対する感謝なのかなと思いやりました.
アニセトさんの感想は、私の思想と同じです。
殺される側が「感覚を持っている/持っていない」に関係なく、命に対する価値
をどの様に受けとめているかが、人間の社会においても重要なのではないか
と思うのであります。
ですから、今回の記事も意味のある記事になるのではないでしょうか。
>生まれ育った環境、親の育て方、教育を受けた環境の違う人達
ここで議論しても平行線を辿ると思います。
については、私も同感です。
そもそも法とは人のためのものであるため、人々のモラルがどちらの方向を向いているのかが重要視されます。
例えば、犬猫にも人と同じ感情がある・・・など、大半がその様に信じていればそれに因んだ法律が出来るでしょう。
動物愛護法も同様です。ゆえに命を尊重してむやみに殺生してはならないということです。
しかし、動物実験が必要であると知った人々は動物愛護法に抵触しないように、動物実験法を作った・・と言うわけです。
まあ、実験用動物に麻酔を掛けるのは、防衛本能に狩られた動物が暴れないようにするためのものであり、命を尊重している物ではないと私は認識してますがね。
>まあ、実験用動物に麻酔を掛けるのは、防衛本能に狩られた動物が暴れないようにするためのものであり、命を尊重している物ではないと私は認識してますがね。
ごめんなさい。
この件に関しては、現場又はその関係者がどの様な認識で麻酔を使用しているのかは、当事者ではない私には知る余地もありません。
ただ、理由はともかく少なくとも麻酔を使用して、結果的にでも動物に苦痛を感じない方法を執っている事を、個人的に評価していると言うか救いを感じています。
また、この件に関して私個人の意見をこれ以上述べていると、現実に社会で起こっている矛盾が、不本意ながら私の意見にも現れてしまいます。 それは理想を現実化させる事が、如何に難しいかと云う基本論議になってしまい、私個人と致しましてはこの記事の題材に対しこれ以上のコメントを、控えさせて頂こうと思っています。 矛盾が矛盾を生み続ける現実社会で、私達人類はどこからどこまで修正・修復できるのでしょう? 人類に欲が存在する限り、世界規模の矛盾は今後も堂々巡りを続けるのではないでしょうか。
詳しくは書きませんが、自分は動物を扱った生業をしています。
僕が生活を営むためにお世話になっている彼らは、人が交配し生を得、そして人の思うままに死んでいく。
もちろん事故や病気もありますので、不本意な終わりを迎える者もいます。
そんな彼らと日々接していて、感じることがあります。
日々の中で彼らは幸せというものを感じる事はあるのだろうか?
そして彼らの生を司る人間はなんて業の深い生き物だろうと。
おかげさまで今日もご飯が食べれる自分は奇麗事を言うつもりはありません。
ただ思うのです。
遊び半分で殺生をするもんじゃない。
どんな生き物でも食物連鎖の頂点に立つものが強いのは至極あたりまえのこと。
ですが、感謝や憐れみを感じる事ができるというのが人間らしさであり、また人間の良きところだと思うのです。
度を過ぎた動物愛護をして欲しいとも思いません。
これは一歩間違えればただのエゴにもなり得ますから。
ただね、人が人であるためにちょっとだけ思いやりを持てれば良いんじゃないかなぁ?と思うのです。
長文失礼しました。それでは
一票
周囲の人に諭されたり、自分で命がどういうものか学んでいく。
相手の気持ちに気付いたり、寄り添うことも知っていく。
…いい大人が快楽のために動物をなぶり殺すのはやっちゃいけないことだと思うんだなぁ。
遅ればせながらKさんに1票。
違ったらごめんなさい。
~~よって、スペインの......は、k#$&"&!
逃亡。
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