2007.09.29 (Sat)

この世の地獄――河南省沈丘県「癌症村」(1)

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―大河論壇―
王子清はこれまでに何度葬儀を主宰してきたのか、自身よく憶えていない。
ただいちばん最初に主宰したのが48のときだったから、あれから20年足らずのあいだにひとつひとつ思い出すことができないほど多くの魂を弔ってきたことになる。

本来ならば葬儀を主宰するのは、父、いや祖父の代の仕事のはずだ。と、子清は幼い頃に誰の葬儀だったか、しとしととやまない雨のなかを父に連れられて参列したときのことをふと思い出した。父の上着の裾をひっぱりながら後ろから顔を覗かせていた子清は、格をただよわせながら厳かに式を執り行う老人の姿をじっと見ていた。
参列する弔問客に、あのときの老人と同じように自分が映っているのだろうか。子清は葬儀のさなかによく子供を見つけては、それとなしに伺い見る。子供との距離は近いようで遠かった。なぜか胸を撫で下ろす自分がいた。

子清が住むのは、河南省沈丘県城東から十キロほど離れた東孫樓村だ。住民は1,200人。そのうち王姓だけで800人いることからわかるように、この村にあらたに入ってくる人間は少ない。
村に異変が起こりはじめたのは90年代のことだった。下痢をおこした村人たちの体が見る間にぼろぼろとなって食い尽くされていく。衰弱した村人は食道癌、肝臓癌、胃癌、直腸癌、子宮癌、乳癌とそれぞれあらゆる箇所に病巣をつくって死んでいくのだ。最初のうちは年に五、六人。やがて癌で死ぬ村人は年に二十人を越しはじめた。年中あらたな墓が建ち、くり返し奏でられる葬送の調べが牡蠣のようにかたく耳にこびりつく。

子清自身の身内も食道癌で矢継ぎ早に三人喪った。
日常のなかに死があった。自分は誰が何人死んだのかと検めて思い起こす間もないほど途切れのない葬送におわれていた。ただただ、一つまた一つと魂を送り出すだけで精いっぱいだった。子清はこう言って人目もはばからず泣く。

90年代に入ってから死者が増えはじめたのはこの東孫樓村だけではない。資料によれば1990年から2005年の間に同じ沈丘県の黄孟営村では、住民2470名のうち116名が、2366名の孟寨村では103名が、1697名の孫営村では37名が、1300名の陳口村では37名が、687名の杜営村では187人がそれぞれ癌で亡くなっている。癌の発症率が異常に高いことから、東孫樓村を含めたこれらの村は「癌症村」と呼ばれているのである。

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