2007.06.03 (Sun)

31歳の象面人男性を貿易会社の女性社長が援助

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―当代生活報―
こちらは神経繊維瘤。いわゆる象面人男性ですが、地元南寧市で貿易会社を営む女性社長、蒋朶梅さん(画像左)に見いだされ、手術費用など援助をうけることになった据何良さん(31歳)。その記者会見の模様です。

据何良さんは1975年の7月21日に南寧市第一人民醫院で生まれました。生まれながらにしてあった右耳上の肉腫は、およそ大豆ひと粒大。神経繊維瘤は多くはこのようにごく小さな肉腫からはじまるのですが、両親にしても気にならないほどのものだったそうです。
生まれた翌年、少し大きくなった肉腫を切除するために両親は病院を訪れました。手術というほどのものでもなく肉腫は切り取られましたが、また暫くすると膨らみはじめました。そして脹らむ速度も倍加していくのです。

1981年、何良さんの6歳時には二度の切除手術をうけています。こうなるとさすがに病院側でも根本的な治癒ができないことを明かし、いったん切除を取りやめ、様子をみようということになりました。
肉腫は更に成長をはやめ、膿をもつようになりました。最初は右耳の上にあった大豆大の瘤が徐々に顔面の右側部を冒し、脹らませ、なだれをうつように目尻から頬にかけて肉垂れを拵えていきました。

26歳になった何良さんは、それでも妻をめとり、子供をひとり作りました。ちょうどこの頃、南寧市に近い武鳴県に住む象面人女性、盧金が成長した神経繊維瘤の切除に成功したというニュースが大きく報道されました。何良さんにとっては何よりうれしいニュースでした。治療方法がないと聞かされてきた自分の病症が治るかもしれないのです。
勇気を奮った何良さんは広西醫科大学口腔醫院を訪れました。醫院側では名を挙げたいこともあったのでしょう。このときに治療費の減免さえ申し出ています。

しかし何良さんがこの魔のような病症に打ち克つ寸前で、運命は彼を突き放しました。まずは姉が直腸ガンを患い、治療に十数万元を費やしたもののその甲斐なく死去。この治療費で莫大な借金をこしらえた何良さんの家族でしたが、ついで母親が皮膚ガン、一家の大黒柱だった父親は2005年に他界するにいたります。
母親の年金とわずかな保証金で暮らさなければならなくなった何良さんは、子供もじきに就学する年、ひとりの男性として、父として如何に生きるかを必死に模索していました。

ここにあらわれたのが、地元南寧市で貿易会社を営む女性社長、蒋朶梅さんでした。何良さんの病気と窮状を知った彼女は手を差し伸べます。
「創業当時、わたしは多くの人たちから助けてもらいました。今度はわたしが人を助ける番です」。
何良さんは盧金さんと同じように、こうした神経繊維瘤に悩む人々の次の希望の灯となるかもしれません。


HEAVEN 象人

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